圧倒的に走ってく

基本的には行ってきたライブのこと。たまにCDと本と諸々の話。

澄み渡るその色は

秘色(ひそく)@渋谷gee-ge.
久々の藍谷凪さんの企画は、以前の雰囲気を残しつつ、新しい風を感じるライブでした。

一年と少しぶりの、藍谷凪さんの企画ライブ。
gee-ge.に向かうと、階段に既に人集り。
三階から二階の間まで列が伸びていた(gee-ge.は四階)。gee-ge.のライブならではの並び方。これを見ると人が戻って来ている事を感じる。
列が動く。上方から冷たい風。
というかgee-ge.から溢れ出た冷風なのだが、それすらも楽しみさを煽る。
受付、手指消毒、フライヤーを貰ってからドリンク交換、席決め。
…任意ではあるけど消毒が残っていると少し安心感がある。
ここの特徴は何処からでも見えるグランドピアノ。何処の席を選んでも楽しい場所だ。
席を決めたら少し手持ち無沙汰になったので、貰ったフライヤーを眺める。今回の企画のタイトルを思わせる色合いと、藍谷凪さんの各種SNSQRコード
白で一旦まっさらに戻しての、秘色。灰色混じりの青緑色、という事だが、一体どのようなライブが見られるのだろう。
なんてことを思っていると、開演時間。

水咲加奈

真っ暗な場内から、グランドピアノの前に現れたのは……黒い服に身を包んだ人。
全てが静まり返る中、第一声。
「私の演奏は全編写真・動画撮影可です。どうぞ拡散してください」
い、一声目がそれ…? と思いつつ、第一音でまた一気に静まり返る。

以前も見たことがあったのだが、今回の水咲加奈さんは――漆黒、圧倒的黒だった。
濁りなき澄んだ黒、という印象で、時折鋭く光る刃物のような歌声。
死にかけながら作った新曲だという『終点』があまりにも漆黒で、ヒュッと息を呑んだ。
ピアノの音も凄まじく、鬼気迫る物を感じた。
『泳げ』と『水色になる』のメドレーで海の中に連れていかれたと思えば、『生残者』で再び闇の中へ。
真っ赤な中に、限りなく闇。
時折首を大きく傾ける仕草まで格好良く、拍手を忘れた。

……そうだ、動画! と思ったのだが、そこに映っていたのは漆黒の闇ばかり。
この場を包み込む闇しか映せなかったか……(※ただの撮影下手です)。

栢本ての
水咲加奈の闇が晴れ、続いてやって来たのは。
ギターがじゃらんと鳴り、栢本てのの世界のはじまりはじまり。
見世物小屋に売られた"私"。本当はあなただけに見て欲しかったのに。
独特な、艶のある響きと、驚いてしまうような歌詞。
水の中に引き摺り込まれてしまいそうな歌声。
氷のような、鋼のような、研ぎ澄まされたその音は、色にするなら確かに秘色。
…なるほど、と企画タイトルの意図が分かった所で、その口角が上がるのが見えた。

藍谷凪さんの企画なので、という前置きから歌われたのは、その藍谷凪さんの曲、『夜の川』
『星降る夜を美しいと思えない日も僕は僕を許したい』
『音を立てなびく帆のように揺らぐ世界を許したい』

凪さんとはまた別種の響き。
何処からか滲み出る闇は同じようだが。
歌詞のように揺らぐ歌声が、異空間へといざなう。
涼し気な風を感じて、雪山や永久凍土で歌うのが似合いそうな気がしてしまった。

……さっきは囚われの身だったと云うのに。振れ幅が大きい人だ。

藍谷凪

繰り広げられる栢本てのさんの世界に浸っていると、もう今回の企画者の番が来てしまう。
歌を聴いたのは2ヶ月ぶり、なのだが、もっと久しぶりな気がしてしまった。
グランドピアノの前に降り立ったその姿は……白い雰囲気だった。

初めに響いたのはピアノの音だけ。『交差点』だ、と遅れて気付く。
息をつく間もなく、『水槽』。
水の中に落っこちて、ゆらゆらと揺らいでいく。
深く沈み込んで微睡みにいざなうような歌声で、どんどん深みに嵌まっていく。
水槽の底まで沈んだと思えば、今度は波打ち際の『新しい自由』。
……孤独に囚われていたあの人は、しっかり自由になれただろうか。
頭の中で無意識に栢本さんの世界と繋げてしまった。ピアノの音が跳ねるように響く。

白、を作ってから、自分のやりたいことを見つめ直したという凪さん。
音楽、サッカー観戦という趣味、そこから舞い込んだ、好きなチームでもあるマリノスの仕事。
小さな夢を積み重ねて、今、自分のやりたいことが出来ている、という事の尊さと、
お金の大切さ……

真剣に聞くモードから、急に緩和。
…いやまあ、お金は大事ですよね、確かに。

そんな、考え直すきっかけとなった白の三曲、『眠る花』、『夢の中』、『夜の川』
絵画をモチーフとした三曲は、照明の雰囲気も相俟って、その世界にどんどん浸っていく。
『星降る夜を美しいと思えない日も僕は僕を許したい』
『音を立てなびく帆のように揺らぐ世界を許したい』

同じフレーズでも、凪さんの『夜の川』は、憂いの中に見える決意が強い気がした。
そして、新曲『ガラス』…
『夜の川』アンサーソングだというその曲は、文学的なような、感覚的なような。
モチーフがあるアニメだと聞いた時には、そんな意図があるかは分からないが、ガラスの天井、という言葉を思い浮かべてしまった。
そのガラスを溶かして、また変化を続けていく。後ろは振り返らない。先ほども感じた決意が、更に色濃くなった。
『ガラス』についてぐるぐる考えていると、もう終わりが来てしまう。

「最後の曲です」と飛び出したのは、『君がくれた花束』。

一音目から特徴的な、その音。会場が紅く、紅く染まっていく。
不可思議に色を変えていくこの曲の色は…と言いたい所だったけど、直前のMCの印象に引っ張られて、白と青と赤のマーブル? のような不可思議な色を思い浮かべてしまった。
そして今思うとこれ、マリノスカラーですね…
この曲は、その時の感情を色濃く反映する曲なんだな、となんとなく思った。

MCや『ガラス』、『君がくれた花束』の雰囲気から、アンコールは無いかもしれないな…と思いつつも手を叩く。
そのまま終わってもおかしくないような空気だったが、凪さんが出てきて、ああ、あるんだな、と安堵のような不思議な気持ちになった。

「この気持ちは嘘じゃない」

という言葉から奏でられたのは、『風も波も』。
労うような、心配するような、優しい歌詞。
嘘のように聞こえるかもしれないが、そう思っている。
そんな注釈を入れてしまう程の、無償の愛。
深い愛情のようなその曲を受け取って、今回のライブのコンセプトが書かれたブックレットを手に取って。
アンコールが書かれてなかったので、もしかして本当はアンコールが無い予定だったのかもしれないな、と思いながら帰路についた。

企画の時の凪さんは、やっぱり他のライブとは違うというか、活き活きしているような気がする。
噓偽りなく、商魂も包み隠さず(?)
本日から始まった藍谷凪第二章も素敵なことになりそうで、またどんな色のライブが見られるか、今から楽しみだ。