圧倒的に走ってく

基本的には行ってきたライブのこと。たまにCDと本と諸々の話。

ふりむくな ??が くるぞ

ドリップ・アンチ・フリーズ@渋谷チェルシーホテル。
ずっと行ってみたかった場所での日食なつこワンマン。
雰囲気に呑まれる夜でした。

今回はセットリストをあまり記憶出来ていないので、気になった箇所を。
※とはいえ、一曲だけどうしても削れなかったのでネタバレしています
※細かい言い回し等は違う可能性が高いです

チェルシーホテル。
渋谷WWWに行くときにその様子が見えたり、渡航の時にその派手な外装の前を通ったりと、縁はあるのに中々入るチャンスがなかった場所。
名前も場所も気になってしょうがなかったところでツアーが発表になり、「こりゃ行くしかねえ!」と取ったチケット。
坂を上り、PARCOの中の道を抜け、横断歩道を渡り、

やって来たこの場所…いや、東京サイコパスインパクト。横目に階段を降りていく。

階段横にポスター…後ろに人が居たのでぶれてしまったが、威圧感は充二分。
降りた先はマスク越しにも分かる煙草臭…場所柄を感じる。
受付もホテルのフロントのような雰囲気で、そこからピック型のドリンクチケット渡されるもんだから雰囲気作り…となった。
ドリンクカウンターに向かうと、シャンデリアが見えた。

雰囲気作り…と思いながらドリンクを交換する。ラインナップに電気ブランとあり、二度見した。
…いや、今回は音楽を聴きに来たんだからやめておく。頭ふわふわになるのは別の日にしよう、とソフトドリンクにした。
電気ブーラーンー…(諦めきれていない)

ドリンクを受け取るや、席までご案内します、と怪しげな…チャラそうなスタッフの方が現れた。…ちょっと雰囲気が崩れたが、それはそれとしてありがたい。

真っ正面…から少し逸れた、整理番号の書かれた席。
キーボードの方は前の人との兼ね合いで少し見えづらいが、ドラムセットはよく見える席…結構近いな、と思いつつ開演を待つ。
規制緩和されたこともあってか、以前のライブハウス内に近い状況。椅子があるだけ距離は取れているが。
永久凍土ツアーの時はひんやりしていたが、今回の会場は少し暑いな…と思っていると、開演時間。

日食なつこが手を振って現れる。
思った以上に近くて面食らう。

「…近いね」

…あ、日食さんもそう思います?

日食さんが背が高いこともあってか、3列目ぐらいまでは最前とほぼ変わらないような眺めだったと思う。
真正面からは外れた、前の人に隠れる席だが、一挙一動が見えてしまう。
足を踏む振動すら伝わってくる。

…と思ったら後ろの人が熱狂していただけだった。
席が近いんだぜ…

長いイントロにアレンジが掛かりすぎて一瞬何の曲か分からなかった曲や、物語のような前口上と特徴的なイントロで背筋が冷える曲。

今回は全ての曲が物語で繋がっているような感じらしい。
前口上からの曲の流れが答え合わせのようで楽しいし、音はバチバチに格好いい。
暑かったはずのフロアが涼しくなり始め、このチェルシーホテルの洋館めいた雰囲気と相俟っておどろおどろしい空気になっていく。
思いきり乗っていると、日食なつこが笑った。

「やっぱり…東京の人は反応が違うね。ライブに慣れている、というか。地方に行くと、」

(拍手のように手を前に出して硬直し、不審に顔を歪める)

「…って」

確かに東京は毎日どっかしらでライブをやっている。
後は行こうとするかどうかだが、そのハードルもかなり低い。
ライブ慣れしているというのは本当かもしれない。

……え、私は行き過ぎ? ごもっとも。

ここの表情が面白素敵だった。絵にして見せたいぐらいに。固まっているところが特に。

「――少し規制緩和になったとはいえ、色々と制約のある中、ここまでありがとうございます。声を出せないとか、消毒とか…あと、…してきてるんでしょ?」(腕に針を打つような仕草)

「なんか…ね。言ってくる人も居ると思うけど、変なこと言ってくる奴が居ても、大丈夫。傷つかなくて良い。私が後ろにいるから。守ってやる」

(静まり返るフロア)

「……嫌か。」(シニカルな笑み)

いいえ、ドリップどころか撃ち抜かれていただけです。
一生ついていきます!じゃなくて一生ついてくる系統。守護霊的アーティスト…つよい。この場所でそのポーズは放送コードギリギリだけども。

十年来の因縁

日食さんと、このチェルシーホテルとは十年来の因縁がある…というのも、所属事務所のLD&Kの所有するライブハウスであり、駆け出しの頃に何度も出演したライブハウスでもあり。
なんならこのビルの中身は殆どライブハウス。
しかし名前のせいでガチの宿泊依頼がたまに入って「いやここライブハウスです」って返すことも結構あるとか、と電話取ったふりしながら言っていて、少し楽しそうだった。
今日はこの場所での久々のライブだから、自分でも楽しみにしてきたという日食さん。

「…客席にもいるんじゃない? 十年来の人」

手を上げる客席の皆さま…って熱狂していた後ろの席の方もか。そりゃ抑えきれないはずだ。席が揺れている。
十年来…知ったのは2016年、ライブに行きだしたのは2018年の身としては大先輩過ぎる。
…この5年間で密度の濃い活躍をしている日食さんも凄いが。

ここでまた、日食なつこが不敵に笑う。

「実はね…十年来の人がね、まだ居るんですよ」
「もうそろそろ気になっているんじゃないですか? このドラムセットとか。いや最初からずっとあったけど」

確かにもう中盤戦なので気になってはいた。席の兼ね合いでずっと見え続けている楽器の数々。

「……それではお呼びしましょう。on パーカッション、木川保奈美!」

拍手と共にやって来る、小動物めいた人。
この方こそが今回のツアーのサポートパーカッション、木川保奈美。
出てきただけで少し空気が和らぐ。プロフィールで晴れ女を自称することはある。
所定の位置につき、日食さんと向かい合わせに。

「…いつの時だっけ? そこの(渋谷の)東急でイベントやってた時ぐらい?」
「それくらい…ですかね。本当十年来で」
「優良客…と言いますかね。人聞き悪いか…いや本当に優良客で。それこそまだ私が物販に立ってたころからで」
「そうでしたね。カッコいいなって」
「で、何回かやり取りした辺りで、実は私も音楽やってて、って言われて。へえーいつか共演できたら良いですね…と言ってて、で…今回、ちょっとピンチ…だったから、お願いして」

「それで保奈美さんが…」
「なつこさんが…」

(お互いに顔を見合わせる)
(満面の笑み)

不器用そうに、しかし楽しそうに会話する日食さんと木川さん。
十年来の深い関係性というのも伝わってくる。
あまりに顔を見合わせるから少し眩しい。
しかし途中で言葉を噛んでいたのは気になった。日食さんには珍しいな、と思いつつも。

「…やりますか」
(顔を見合わせ、頷く)

アイコンタクトが半端ないな…と思った次の瞬間に叩き落される。
連続する音に驚きつつ、引き込まれる。
席の関係によりかなり近くで聞くことになったパンデイロの音色、シェイカーやカホン、シャラ〜ンと鳴らす奴(?)等、多彩な音の数々。
ピアノとの相性も半端ない。見入らないはずがなかった。

あまりにも多彩に、音を紡ぐ二人。
komakiさんの時は共闘というイメージだったが、この二人は共奏…一緒に音を奏でている印象だった。
木川さんが元々ファンというのも関係しているのだろうか。
音を作り出す様が優しくて楽しい。

見入っていると、もう二人の共奏は終わってしまう。
「木川保奈美さんでした!」
と日食さんが拍手をしているのを見て、「え、もう!?」と思ってしまった。

最後の曲は日食さん一人でやるらしい。
多彩な色味をしていた音がまた研ぎ澄まされた音になる。
アンコールなしのその最後の曲は、『音楽のすゝめ』。
『短い短い短い夢を 朝が来れば幻と化す夢を』
『後先もなくかき集めてしまう 馬鹿な僕らでいようぜ』
何度聞いてもズシンとくる冒頭。
なんならこの場所自体が夢かもしれない…と思わせる場所だけに余計に。

『絶やしちゃいけない人の命そのものなんだよ』
『なあ、そうだろ!?』

歌詞には載っていない歌詞が、一人一人に語りかけているようで。

『――腕一本で指一本で 保ち続けるお前に幸あれ!』

お前に、で客席を指差してくれる。
この人は、皆じゃなくて『お前』に歌っている…おそらく客席全員が、自分に歌っているんだと思った空間。
皆さまその指先に撃ち抜かれている。
十年来のファンの足捌きがとんでもないことになっていて、もうこれスタンディングでやろうぜ…とも思ったが、それはまた別の機会に。

最大の拍手を送ると、日食なつこがニヤリと笑う。

「分かっているとは思うけど、アンコールはありません。木川保奈美さんと、私と、それから、この場所に来ることを選んだ自分自身に、もう一度大きな拍手を!」

最大の拍手が、更に大きな拍手になる。
来ることを選んだ自分自身まで入れてくれるのがなんとも日食さんらしい。
規制解除の流れがあったから来たって人も大勢居ただろうし、なんなら私の隣の席はsold公演なのに空席だった。
来たくても来れなかった人、来れるけど行くのをやめた人。その辺りの思いも背負っていると思うと中々に重い言葉だ。

「それからもう一つ。振り向くなよ」

…ん?

「ふ、振り向くな! なんと、今日はこの場所のオーナー、つまりは私も所属するLD&Kの社長、大谷さんも来ている!この場所を提供してくれた社長にも大きな拍手を!」

今日一番の大きな拍手を送って、手を振って去っていく日食なつこ。
ちょっと噛んでたのはこの緊張からだったのか…伏線が回収されたようで少し面白かった。
しかし少し見たい…と視線を向けようとした。

「…振り向くなよ?」

気配を察したのか少し笑いながら言う日食さん。
そうまで言われたら仕方がない。振り向かずに拍手で見送りながら、帰り支度。
規制退場が無かった辺り、本当に少しだけど状況が良くなってきていることを感じた。

地上に出ると、雨が降っていた。
思い出すのは、冒頭の、『私が後ろにいるから』、という言葉。
日食さんが後ろにいるなら、そりゃ雨も降りますよね…さっと傘を差して、また真っ直ぐに坂を下っていった。
振り向いたら後ろの日食に怒られるぞ、そんなことを考えながら。