圧倒的に走ってく

基本的には行ってきたライブのこと。たまにCDと本と諸々の話。

擬態していたのは、

蒐集行脚@LINE CUBE SHIBUYA。
短い夢のような時間を過ごした日。
導くのは上手くいかず、どこまでも導かれた日でした。

※圧倒されてあれこれうろ覚えなので、配信で補完した箇所があります

導く者に擬態する

2022年5月20日
その日、私はだいぶ急いでいた。
諸々の事情で開場時間に間に合わなかったからである。
全席指定じゃなかったら良い席はもうないだろう時間。なんとか開演時間には間に合わせなくては…と走っていた。

なにせ今日は預かったダイナソーをポケットに入れている。そんな重大任務を背負って、遅れるわけにはいかない。

そんな折、「すみません」と声がした。
目を向けると、これまた急いでいそうな方が居た。
お互い走っているので、そこそこの速度で並走する形になる。
「すみません、○○に行きたいんですがご存知ですか」
…知っている。ここから左に曲がって突き当たりを右に…と言ったところで渋谷は魔境である。普段なら突き当たりまでは案内するような場所だ。
しかし私も急いでいる。LINE CUBEが目的地なら一緒に行けたのだが。
「…そこを曲がって、突き当たりを右に!忘れないで下さい、右です!」
ジェスチャーしながらギリギリまで呼びかけた。めちゃくちゃ腕を伸ばして指差す様は傍から見れば変な人だったかもしれない。
実際は方向音痴だから伝えるのに必死である。ちゃんと伝わっただろうか。会場近くの横断歩道まで来たので、マスクの下で笑って別れる。

平静を擬態する


大丈夫かな…と少しモヤモヤしたまま会場に辿り着いた。
対策のため入口に溜まらないで下さい、と言うスタッフさんに従い、物販列を横目に見ながら入場。
LINE CUBEの1階席は2階にある。…紛らわしいが本当にそうなのである。そこも擬態か。
エスカレーターで上がった先に、LINE CUBE名物のフォトスポット、LINEのアヒルの像がある。
いつもならここで写真を撮っている人が見られるのだが、今回はあまり居なかった。
規制が解除されたとはいえ禍だからな…と思いながら進むと、奥の方に少しだけ人だかりがあった。
なんだろう、と覗いてみると…

原画展だ!!

ドリップ・アンチ・フリーズツアー横浜でもあったMVの原画展。
あの時は『泡沫の箱庭』のイメージボードと原画のみだったが、今回は数点並んでいる。
ミメーシスの初回版と通常版の写真もあるぜ!
しかも写真撮影可のアナウンスが流れている。
柄にもなくテンションを上げながら、しかし怪しい人にならないように平静を装い、じっくり見ていく。
目立つのはやはり金縁の『うつろぶね』。原画で見ると意外と小さいんだな、しかしやはり油絵だな、ロケ地…ロケ地か…
などと思いながら、しかし後ろが詰まらないように気持ち早足で、何枚か写真を撮った。

…なお、上に載せた一枚以外は激写している自分が映っていたので、思い出だけにしておいたことを付記しておく。

擬態の始まりから終わりまで

ホール内に入って、席を探す。
前方でスタッフさんが右往左往している…よく見ると会場内では会話をお控えください、終演後規制退場があります、と書かれた看板を持っている。
こういうのって撮影禁止の促しだけかと思っていた。勿論開演中は撮影禁止とも書いてあったが。

…列…番。
最前に近い、日食さん寄りの席だ。この位置からだと、ほぼ背中、だろうか。
グランドピアノと、パーテーションの付いたドラムが向かい合っている。その上に何か枠?があるのがぼんやり見えるが、ステージが暗くて判別できない。
なんだろうなあれは…と思っていると、会場アナウンスが入った。
…もしかしてナレーションに擬態した日食さんでは?と思ったがそんなことは無かった。
演奏中撮影禁止の真っ当なアナウンスに背筋を正していると、会場が暗くなる。

日食さんが手を振りながら現れ、お辞儀。グランドピアノに着く。
続いてkomakiさんが呼び込まれて、ドラムの位置へ。

ピアノの一音目と共に、会場の空気が凍りついたのが分かった。

「――五月二十日。蒐集行脚東京。始めましょう」

照明が青くなり、蒸し暑い会場が心做しか涼しくなった気がした。
『99鬼夜行』――蒐集行脚を始めるに相応しい曲だ。
99鬼の中に紛れた人間一人。しかしそれは、本当に人間なのだろうか。
鍵盤を叩く背中があまりにも影を背負っているように見え、こちらの背筋も寒くなる。
ドラムが楽しいのがせめてもの救いか。

間を置かずに疾走感のあるイントロとドラム。
運命曲線とも呼ばれる『クロソイド曲線』。
『99鬼夜行』の二人は、穴だらけになりながら、どうやら違う道を歩むらしい…と頭が自然に物語を繋げてしまう。
今回は物語性が強い…ミメーシスの曲自体がそうと言えばそうだが。

速弾く指がスクリーンに大写しになる。
この演出を見た途端、頭の中になんとなくあったモヤモヤは吹き飛んでしまった。
指が大写しになったことで、それまでぼんやり見えていた枠がはっきりと姿を現した。
平行四辺形の枠は、額縁にも漫画のコマのようにも見える。
音に合わせて動いているようにも見えたが、これは目の錯覚か。
指の動きがあまりにも美しく、ついついスクリーンに見入る。口笛が何処か遠くで聴こえた。

会場が真っ赤になり、また不穏なイントロが響く。
同じような日々を繰り返す『サイクル』。
これを聴いたのはアスペラトゥスの惰眠以来か…およそ3年越しの邂逅。
輪廻、来世、お迎え、と不穏な言葉ばかりが並ぶ曲。
畳み掛けるような踏切の音…を模したピアノの音。

輪廻の世界が終わりを迎えたと思えば、今度は絶望的な光の中に放り込まれた。
『meridian』――望まぬ明かりに惑い、闇の中に居ることを願うような曲だ。

光と闇は表裏一体であり、闇を好まない者も居れば、光にどうしようもない絶望を持ってしまう者も居る。
この曲は後者の方に寄り添う曲である。
しかし今回は、少し別の感想を抱いた。
スポットライトに照らされる日食なつこの背中を見た時、背筋がゾクリとした。
『99鬼夜行』の時とはまた違う冷たさ。
何だか置いていかれたような…そんな印象を受けた。
『クロソイド曲線』で違う道を選んだ二人は、完全に別れてしまったらしい。
そんなところに叩き込まれる『最下層で』の重み。光に呑まれた君と、闇の底に辿り着く私。
そこから見えた光景は、一体どういうものだったのか。
背後に映る化石は、何も答えてはくれない。

『天上の神様知ってるんです』
『案外俺ら嫌われちゃいないんです』

また光と闇の対比。『光に呑まれた君』は、『闇の私』は、一体どこに向かうのか。

『深い穴に落ちた 今はもう少しまだここに居ることにする』

そう言い終わると、会場が少し明るくなる。

「――蒐集行脚、ミメーシスという、二つの名前を世に出すことが出来ました。日食なつこです。よろしくお願いします」

鋭い声で会場がまた静かになり、拍手で返す。
komakiさんが笑っているのが見える。
会場が再び暗くなり、
先ほどの答えが、次の曲のイントロで示唆された気がした。
せせらぎのような、光の粒のような照明と、その音。
背景に映る原色の風景…原画展にもあった、あの絵だ。

『泡沫の箱庭』。

この曲が来たことで、『meridian』、『最下層で』で示された光景が、自分の中で繋がった。
以前から言語化を避けてきたことではあるのだが、実は『泡沫の箱庭』をCDで初めて聞いた時に、「引っ張られる」と言っていいのか、とにかく強い感情…具体的に言うなら、死の匂いを感じた。
普遍的な別れの中に見える葬送の色…涙で薄くなった、『薄墨』の空。『あなたの手の温もりの、その奇跡』。
夢でないと会えないのは、相手が亡くなっているから、なのでは…?
そして、その亡くなった相手、というのは、
と、ずっと思っていた。
そして、今回の曲の並び。
『meridian』で『光に呑まれた君』は、理由は分からないが死を選び、『闇の私』は、君の選択に絶望しながらも、生きていく≒『今はもう少しここに居ること』を選んだ、ということなのでは…?
思い当たってしまうと殊更に背筋が冷えて、ステージに更に釘付けになる。

…なお実際の所、『meridian』と『泡沫の箱庭』はどちらも日食さんが10代で書いた曲らしいので、ただ自分がそう感じただけだというのは付記しておく。

「取り残された暁に、今日も僕は照らされる資格はあるのだろうか」

そんな声が響き、叩き込まれたのは『タイヨウモルフォ』。
…『光に呑まれた君』はどうやら太陽になったらしい。『照らされる資格はあるのかい』の響きがやけに虚しく響く。

『午前五時の幻を金属音がつんざいた』
『それは誰かがついに終わらせた命の悲鳴だったのかもしれない』

原画展で見ていたのもあってか、頭の中に初回限定盤のジャケットが浮かぶ。
虫に擬態したミメーシスの文字…モルフォ蝶がひらひらと頭の中を飛んでいく。

スポットライトが全体の照明となり、スクリーンに空が映る。
爽やかなイントロから次の曲が分かる。
『雨雲と太陽』。
太陽つながり…どうやら空へ行けたらしい。
照明と、スクリーンに映る雨粒と、強くなるピアノとドラム音。
泣いてばかりの雨雲と、イケメンな太陽。
絵本のようなその歌詞。
そして最後には虹…その美しい光景に、大きく息を呑んだ。

おもちゃのような音色が響き、この曲は、と頷く。

『どうしようもなくダメな日はふたりで一緒にダメになろうか』

『雨雲と太陽』のイケメン太陽とはまた違う方向のイケメン…言うならば、人をダメにするタイプの…堕落系イケメン。

『醒めたくなくなる夢をあげよう』
『醒めたい夢からは連れ出してあげるよ』

たぶん『このまま会社を休んでクラゲでも見に行こう』とか言ってズブズブに甘やかされて一緒に堕ちていくタイプの…おいそいつ危険だぞ!逃げろ!
…と思うのだが、いつの間にか懐に入られてしまう。
『箱庭』から連れ出してくれるのは、もしかするとこういう人なのかもしれない。

「…おはよう」

曲の最後にそんなアドリブが繰り出されれば、反則としか言いようがない。
日食なつこはこの場の誰よりもイケメンだ。

「甘やかして欲しかったり、甘やかしてあげたかったり。連れて行って欲しかったり、連れて行ってあげたかったり。泣きたくなったり、一緒に泣いてあげたかったり」

「このミメーシスというアルバムには様々な話が出てきますが、この曲が一番素の私に近いかもしれません」

そんな前口上から飛び出したのは『必需品』。
曲に合わせて、ステージ上の黒い枠に必需品が映されていく。
なるほど、この為のものだったのか…と思っていると、

『○月✕✕日 才能が枯れました』

のところで枠内が真っ黒になり、少しぞっとしてしまう。
この曲の楽しさと世知辛さを、同時に見たようで。
しかしそこからも曲は続いていき、日々も続いていき、

『――だから明日が来るのです』

会場が明るくなり、少し空気が弛む。

「さて、この『必需品』ですが、我がチームにも『必需品』というべき方が帰ってきてくれました」

「――Mr. komaki!」

この日一番大きな拍手と共に、やってくるkomakiさん。
日食さんとkomakiさんが揃っているとなんとなく安心する。
確かに『必需品』なんだろうな…というのがその空気から伝わってくる。

「……さて、皆さんがお買い逃しがないように、我々がこのツアーにおける『必需品』を紹介します」

ああ、komakiさん不在だったからか最近やらなかったグッズ紹介か…と思いきや、先ほどの『必需品』で枠内に映ったものの説明と、日食さんのお家事情だった。
枠の中に映ったのは今回のツアーで『必需品』だと言ってきたもので、歯ブラシやらなんやらが映っていた。
そして今日の必需品は、というと。

「山の中だからさ、結構アリが出て。家の中まで入ってくるもんで。だから、最近の"必需品"は、アリコロリ」
「アリコロリ。へえー」
「…komakiさんは?必需品」
あー、なんやろうなあ、なんて前置きから、衝撃の一言。

「昨日急いで準備したから着替えを持ってくるの忘れて、だから…ガチで言うと、靴下と…パンツ」

ざわつく会場…と日食なつこ。

「うそだろォ…」
「いやマジでマジで」
「うそだろォ……なあ……」

半引き半笑いの日食さん、満面の笑みのkomakiさん…(と、ニッヤニヤの会場)。

「どうすんの…次からの公演。必需品で、枠の中に映ったら」

「その時点でパンツが出てくる曲になっちゃうから」

張り詰めていた空気が嘘のように、柔らかい空気。

「じゃ、まあ私の必需品は、アリコロリ。komakiさんの必需品は…靴下と…パンツ」
「後でそこのUNIQLOに買いに行こう」
「ね」

なんなんでしょうね…このお二人。

軽い調子で『必需品』紹介?が終わり、また空気が澄んでいく。

「――なだれ落ちてこいよ、『なだれ』」

「この時を楽しみにしていた」と言うだけあって、その様子はあまりにも楽しそうで自然と体が揺れた。会場からも手拍子が自然発生する。

『例えば何百年前に凍りついて終わったはずの桃源郷
『ああそうさ何百年前にさよならして閉ざしたはずの感情が』

歌詞が、曲が、なだれ込んで来て、感情が爆発しそうになったところで、次の曲、『hunch_A』。
この曲はライブ版になると、何故か二人が森の中に居るように感じた。
畳み掛けるようなドラムの音、楽しそうなピアノの音。
森の中で楽しく踊る想像の中、会場が暗くなり、空気は一転。

「味見のような人生を繰り返す奴は連れていけないよ」

レーテンシー』。

今までの全てをぶち壊すようなブラックホール。その真ん中を突き抜けていくような二人。
今度向かうは『地獄の底』。
『最下層』よりも遙か下。それすら飲み干してしまう『僕ら』。
この二人なら飲み干せそうだ、強くなる音にぼんやりそんなことを思う。
しかし、この次は。

「味見のような人生を繰り返す、真っ黒い船が海に出た」

『うつろぶね』。

これはきっと、二人が出会えなかった時の場合だ。
味見のような人生を繰り返し、なんとなくで群れになった『うつろぶね』。

『導くものはいつだって導いたその先に興味などない』

しかしそんなことで安心していると、転覆はすぐそこに来る。そうならない内に、反逆を起こしてしまおう。
この曲は最後に「歓喜の歌」の冒頭を弾いて終わる。味見のような人生に反逆を決めた者へ祝福のように。
怒濤のような音に拍手も忘れるぐらい見入っていると、日食さんがくるりと客席の方を向いた。

「次が、最後の曲です。アンコールはありません。我々が、このステージから消えたら、終わりです」

もう終わりなのか、そう思わせない内に、イントロが響く。

「幾ら手繰って寄せ合ったって存在しない数の話」

『√-1』。この曲は、才能の溢れる友人を失った者の後悔を描いた、弔いのような曲だ。
実体験と漫画の話を重ねた、いや、擬態させたこの曲。
背中が語るその言葉。いなくなってしまった『お前』への。

セットリストの最初から繋がる二人の物語。
後悔しても足りない物語の結末は、セットリストの中に。
『空』や『光』や『太陽』になった『お前』の元には、まだ行けない。
だから。

『血色の悪い真っ青な手とひび割れそうな真っ赤な手で、幾ら手繰って寄せ合ったって存在、しない数だ』

サビの部分に差し掛かると、天上から紙吹雪が降ってきた。
雪にも桜にも見えるその紙は、実際には水色と桃色の二色だったが、照明の効果で何色にも見えた。
あまりにも美しい、擬態の姿。
…亡くなった人を思い出した時、その人の元に花吹雪が降る。そんな話を思い浮かべた。

「――ありがとう!! さよなら」

その言葉が、聴衆だけに向けられた言葉ではない気がして、涙が溢れた。
手を振り去っていく日食なつこに手を振り返していると、ステージが真っ暗になる。

擬態を終えて

時間が短いとは聞いていたが、およそ90分…
その中で紡がれた中身の濃さ。アンコールが無いことで完成された物語。
夢だったのでは、と思ったが、手の中には紙吹雪がある。

…それにしても、あの人は無事に目的地に着いたのだろうか…帰り際、自分が導いた先について考えながら、LINE CUBEを後にした。