圧倒的に走ってく

基本的には行ってきたライブのこと。たまにCDと本と諸々の話。

雪解け水と冷や水と

△sing better△@東京国際フォーラム
相変わらず中身には触れたり触れなかったり。
直接曲名は出さないつもりが、リクエスト曲と、どうしても伏せられなかった曲が一曲。

※MCをあまり詳しく書かないスタンスでしたが、▲sing well▲のDVDでほぼカットだったことを受けて、記憶用として多めに。

2020年2月24日。
前日までひやひやして待っているような状況で、開催の連絡が届いた時点で不安と安堵が半々ぐらい。
思えば、この時点でだいぶ非現実感が漂っていた。
体調は万全、完全防備。それから気休めの魔除けに、先日手に入れた赤と青と黒のラバーバンドと、『守れない御守り』と経文手拭を携えて。




国際フォーラムに来るのは他のライブと個人的なことを合わせて5回目。
もう庭…とまでは行かないものの、だいぶ見知った場所。
さすがにもう慣れたもので、やすやすとチェックイン……
とは行かなかった。
まず会場の空気が違う。
具体的に言うなら、少々ピリピリしているような、そんな感覚を覚えた。
当たり前と言えばそうだった。開催できるかどうかも分からないような状態だったのだから。
開場が三十分ぐらい遅れていた。
「ホール内の警備上の理由」で。
……警備上の理由……?
リハーサルが遅れているとか、本人が来ていないとかでなく。
警備上の理由。
思い浮かぶのはもちろん昨今の情勢やらなんやら。
そして開場したらしたで、ロビー開場。
ホールCでは聞いたことのない言葉だった。
物販とポストへの用事はとっくに済ませていたので、
手持ちぶさたになって、入場時に受け取ったフライヤーを読んでいた。
…あれ、これフライヤーじゃないな、と中身を見そうになって、慌てて閉じた。
これを先に見ちゃいけない…!とよく分からないが、そう決めて。
そこでやっと声が掛かって、ホール内に入れることに。
内部に飛び交う言葉は、『ホール内撮影禁止』。
……開演中でなく?
おそろしいまでに厳戒態勢。
ただ、この厳戒態勢、ホールが広いため、一階席の前の方にしか届いていなかった。
……せめて後ろにも見える立て札とかしておかないと。これじゃあ写真撮ってる人を咎められない……
不安と期待が入り交じる中、開演前の最後の確認。
アナウンスは低音の女性声。

『もし、公演中に、不審な行為を見つけましたら』

『なにをするか分かりません』

いやいやいやいや。
そりゃないぜ日食さぁん!
という訳で不安はすべて吹っ飛ばされ、いよいよ開演。

~ここからはおそらく記憶の中で脚色されています~

オープニング。
薄く、糸状の幕に映し出される、格好いい大人達の姿。
カウントダウン。大気圏抜けて宇宙へ。
奥から実像を持った人がやってきて、起立を促す。

いきなりの展開に面食らう。
ホール前方数列、おそらくだけど初見の方が多く、戸惑いが直に感じられた。
ピアノホールツアー。ゆったりしながら時に迫力のあるピアノの演奏が聴ける、と思って来た人が多いに違いない。
というより自分でもそう思っていた。Sing wellの進化系。それならどっしり構えていればと。
甘かった。
全席指定と油断していた。
そうだよ、少し前にそういうライブあっただろうが……!

既に身体が追いつかない。
しかし、置いて行かれたくない。
周囲の戸惑いが伝わってきてまた不安になる。

「――不安になったらとりあえず私だけみてればいいよ!」

……え?

なにかとても鋭い声が届いた。
もちろんホール全体に言ったことだ。
しかしそこにいる全員が自分一人に言われたと思ったに違いない。
日食komakiはいつだって本気。
そちらがそう来るなら、こちらも全力で迎え撃つしかない。

全力でついていく。
前方、クラップが少々ズレる。
全力で振り落とされないようにする。
ステージが赤くなる。ドラムカバーがキラリと光る。
アレンジがすごすぎて別物のようになっているその曲。
牙をむいたその音に圧し潰されないように跳ねる。
前方、少し揺れが大きくなる。
少し楽しみ方が分かってきた。

『――足を滑らして落ちてしまえ!』

落ちてたまるか!
全力で拳を突き上げる。
……場面はまだ無かったので大事にしまっておく。

komakiさんが退場する。
お座りください、の指示に救われた人も多数居たに違いない。
……ぶっちゃけあのトーンがもう少し続いていたらぶっ倒れる人も出ていたと思う。開場前の厳戒態勢疲れも含めて。

「永久凍土の延長でもあり、延長でもなくしたかった」
と言う日食さん。
「いやーすごいね、マスク率」
「いっそマスク着用必須のライブはどうかな?面白いと思うよ、結構」
割とMCの振れ幅が大きく、その都度こっちも真剣な表情になったり、笑ったり。
……二つ目に関しては日食さんの関知しないところで現在実現してしまっていることは付記しておこう。

それから、と繰り出されたのはアンコールの話。
初見の方が多いであろうこの場だからこそ、改めて言いたいと。
もう定番となったアンコールは無い宣言。
この辺り、ずっと平行線の問題。
アンコールしたいから、惰性でアンコールでなんてしていないから。
そうは言っても、アンコールを受けるのは演者側。
全力で、全員を、満足させて帰らせるから、アンコールはしなくていい。
その言葉を受け止めておけば見失うことは無いはず。

そんなMCから、語りへ。
『あるところに、不眠症の犬がいました――』
から始まる、夜通し吠え続ける犬のお話。
絵本の読み聞かせのようなその語り口から、ごく自然に歌に移る。
ここでこれやるか……!という雰囲気が強く、一気に世界にのめり込む。
ぱたん、と本を閉じるような動きと共に。

「もともと、雪の多い山奥にいたから」
「雪解けになると、なんか、冬が遠くに行っちゃったなって、寂しくてね」
「でも、今は少しだけまた凍土に戻って――」

そこから始まったのは、永久凍土の曲の数々。
どの曲もアレンジが強い。音色が美しい。照明が映し出す日食さんの姿がまた美しい。
これ三階席だったら圧巻だったのでは…と思ったので三階席の方、居たら感想を教えて下さい。

永久凍土ブロック最後は、歌い出すまで本当に何の曲なのか分からなかった。
少し怖いとも思ったその歌。
雨粒が雪になって、また雨に戻って蒸発していくような感覚。
曲の内容も相まって、冬はもっともっと遠くに行ってしまう。そんな気分にさせられた。
しかし遠くに行くのが寂しいのは、冬だけではなく――

「『   』、雪解けバージョンでした。どうもありがとう」

考えが別のところに行きそうになったところで、現実に引き戻された。
今回のテーマだと言う雪解け。
永久凍土の先を考えた末の、雪解け。
……やっぱりちょっと怖くて寂しいな、と思っていると、舞台袖から、黒い箱を持った黒いTシャツの人が……

お呼びでない、ような空気を出す日食さん。
それはないやろ!と応戦するkomakiさん。
この空気はどこまで行っても変わらないな、と少々安心する。

「国際フォーラムらしい話ししていい?」

よくない、と言っても話すんだろうなあ、という空気が流れる中、komakiさん、
「ここは楽屋が多い」
と嬉々として……
「それだけ?」
と日食さんが言うのも当たり前で、なんなら会場の空気も……

「じゃ、私も国際フォーラムらしい話ししていい?」

ん?と首を傾げるkomakiさん(と会場)。

「楽屋にさ、一人だから、電子ピアノを持ち込んだのね」
「そしたらその上を、小さい蜘蛛がちょろちょろしてるのね」
「なんだこいつ、と思いながらも、放っといたらどっか居なくなってて」
「で、また一人で居たら」
「よーく見たらそいつ壁のところにいて。ま、それでも放っといたんだけど」
「ペットボトルの口のところに入ろうとしていたから、さすがにそれはごめん!って」
「お帰りいただいた」

日食節全開。これにはkomakiさんも苦笑い。
なんかそういうとこあったなあ、と別の思い出を。

「なんか黒ーい虫が目の前を通り過ぎて」
「『お前に罪はない。しかし気持ち悪い』」

と虫を払う日食さんを見たと。
これには日食さん、

「……これ以上続けたら、それ言うよ?君にも」
『お前に罪はない。しかし気持ち悪い』(だからさっさと次のくだりに行け)

相変わらずの永久凍土スマイル。
やべえ…とばかりの空気の中、やっと本題に。
komakiさんがずっと持っている黒い箱。
で、その黒い箱がなんなのかと言うと。
今まではリクエストを叫んでもらう形式でやっていたが、キャパシティが広くなればなるほど不公平だし、場合によっては声が混ざってまったく聞こえないことすらあるという日食さん。
「私だって聖徳太子じゃないからね」
そこで考え出されたのが抽選。この黒い箱の中に入場時にもぎった半券が入っていて、それを引いて出た席の人にリクエストを聞くという形式。
「この箱な、前まで手ぇ入れたら切れそうなぐらい鋭利やったり、箱の底だけ段ボール丸出しやったりしたけど、今回やっとちゃんとした奴になって!」
なぜかドヤ顔のkomakiさん、なぜか拍手を送る客席……
「それからこん中に、こっそりkomakiって書いた紙入れといた」
つまりそれが引かれたら、komakiリクエストでkomakiの出る曲をガーンと…ってなんですかそれはちょっと見てみたいぞ、と思いつつも、抽選は抽選。
抽選箱に手を入れる日食なつこ、会場には緊張感と高揚感。
なんだか雰囲気が違う紙に気付いて避けたという日食さん。
komakiさん、今度からチケットに近い紙質の紙入れましょうね……

そして引き当てられたのは、
1階、24列、7番。

……前方の席全員が後ろを窺う姿がちょっと面白かった。

そして後方から意を決したように飛び出す威勢のいい声。
叫ばれた曲は『ヒューマン』。
komakiさんが「ドラムない曲……」といじけると、「さっさと帰りなさい」と促す日食さんがまた。
いいコンビだ本当に。
ドラムがある曲か……次のリクエストの為にいくつか考えておこうと心に決めつつ。

一音目から少々緊張感。ぶっつけ本番。そんなことも頭によぎる。
いつもこの音を聞くたびに、夏休みのラジオ体操をなんとなく思い出す。
『三角の頂点にて虫の息のヒューマン』……くしくも△を思い起こさせる曲。
Sing wellで歌っていた時よりも優しく聴こえたのは気のせいだったかどうなのか。
リクエストした方に最大の賛辞を送り、また向き直る。

ここからはゲストアーティストコーナーだという日食さん。
リクエストコーナーが中盤にあるのは珍しいな、と思っていたけど、こういうことだったのか。
卒業シーズンだ、という前振りもありつつ、日食さんが仰々しく誰かを呼び込む。
その名は、「Black Bottom Brass Band」、通称BBBB。
ぞろぞろと入場する金管楽器の群れ。
どの曲だろうか…元々金管楽器入ってない曲でもアレンジされてるからな…と思いつつ。
そして、特徴的な一音目で気がついた。

『廊下を走るな』。

この名を名乗っているのにライブでは巡り合えなかったこの曲。
なんということだ。これでは存在がネタバレではないか(?)
何故こんな本名にもかすらない名を名乗っているかといえば、この曲に衝撃を受けたからに他ならないのだが、そんなことは置いといても。

疑問を呈するようなフレーズを繰り返し、種明かしとばかりに差し込まれる「きっと似ているからなんだろう」。
いつもなら背筋が冷えるフレーズが、ブラスバンドのおかげで明るく聴くことが出来た。
……それがどうなのかは聴く人による。
「目次すら見当たらない教科書を今日も開く」
「こじらせたエゴのそもそもの始まりがどっか教えてよ」
ついつい頭の痛くなる歌詞と、その豪快な音。
脳を揺さぶるようなその感覚は、その次の曲にもあった。
旅立ちを歌うその歌は、ブラスバンドの音も相まって、卒業式の合唱のようになっていた。
笑顔の日食さんと、金管楽器と、茜色の照明。

「Black Bottom Brass Bandの皆さまでした」の掛け声と、またその次の展開。
舞台袖からやってくる白い服の男女二人。
五十嵐拓人&kiki。
これはまさか、と思う前に訪れる圧倒的現実。
逆らえない運命と、それに躊躇なく飛び込むさま。
身体を捨てて空へ飛ぶ、というのを体現するような恰好。
二人を照らす照明が眩しいぐらいで、日食さんは完全に影の存在となっていた。滝の中でベース弾いてる石村さんの如く。
改めて感じるその音の格好よさ。二曲を彩り、訴えかけてくるようなその踊り。ちょっとMP取られそうな雰囲気があった。
ドラムカバーに、回る二人の姿が映っている。思わず息を呑むぐらいの美しさ。
関節が同じようにあるのか…?と思ってしまうような不思議な舞踊は、「一体何を見ているのか」「どう表現すれば…」という感想が続出する理由の一つに違いなかった。
この辺りのところは両方観ていないとなんとも言えないけれど、ドラムとピアノのみのバージョンでも観てみたかったのは確か。他の人の感想もガンガン聞いてみたいし、見る人によって全く違う感想になるんだろうな、と一番思った箇所だった。

と、ここで客席に異変が。
背後から響いた金管楽器の音と、ざわめく声。
どこかに去ったはずのBBBBの皆さまが、客席を練り歩く。
びっくりしすぎて、乾いた笑いが出た。
ステージ上の二人と、入れ替わるようにステージに向かうBBBB。
そしてステージに現れるもう三人。役者が揃った、とどの立場だよ、のようなことを思いつつ。

特徴的なイントロ。手拍子と共に、日食さんの鋭い声。
大団円に向かおうとする巨大な宴会、そんな感じだった。
目まぐるしい照明と、さらにヒートアップする客席。
手拍子はいつしか掛け声に変わり、いよいよ温めていた拳を使う時。

「――負けんじゃねえぞお前ら!」

「『      』ッ!」

叫ぶたびに、拳を突き上げるたびに。
「もっと行けるかぁ!!」
マスクをしなくて良かったのなら、もっと叫べたのに。
そんなことも思った。
しかしもう一つ思ったのは、
あれ、このまま終わるのかな…?ということ。
ここで終わってもいい。そう本気で思えた。
しかし、まだ足りない。

そう、
ゲストアーティストがまだ二組出ていない…!

…というのは抜きにしても、このままじゃ帰れない。
入場する時に配られた紙。
日食さんの率直な言葉が綴られた歌詞カード。

再び曲が始まる。
ステージにはBe choirの皆さまと佐藤五魚さん。
やっぱそうこなくっちゃなあ、とマスクの中で笑う。
照明が眩くステージを照らし、黄金を思わせる色合いに。
……天国ってあんな感じでしょうかね。

ハモンドオルガンと、ピアノのセッション。
安定も保証もない、と自嘲めいた歌詞を紡ぐ日食さんの力強い歌声と、包み込むようなコーラス。
オープニング映像で見た格好いい大人たちの姿が、ステージの上の人々の姿と重なっていく。
圧倒されているうちに、曲終わりが近付いてくる。
もう終わってしまうのか、しっかり目に焼き付けなければ、と前に乗り出す。……後ろの人には迷惑かもしれないけども。

最後のフレーズだ、と思った瞬間に、曲がループした。
!?と思った瞬間に、届く鋭い声。
「歌える?みんなで」
「なんなら、全員ステージに上がってくれていいから!」
「いや上がろう!全員!」
手招く日食さんの姿。
頭が追いつかなかった。なに言ってんだ、開いた口が塞がらない。マスクの中で。
ステージに上がるなんて。なに考えてるんだ、そんなの無理だ、荷が重い、行ってはいけない!
と思っていたのに、気がついた時にはステージに上がっていた。

ピアノを囲んで、全員で歌う。
ステージに上がりきれなかった人々も周りに集っている。
その奥には、もっと数多くの人々。三階席まで埋め尽くされている。
並の人間なら足が竦んで逃げ出してしまいそうな、人の山。

人の山の中央には、それはそれは楽しそうにピアノを弾く日食さん。
眩しいなんてもんじゃなかった。
こんな光景を見て歌っているのか、と改めて畏敬の念を抱く。
見ていてはいけない、長く見てはいけない、などと思いながら、しっかりと目に焼き付ける。
マスクがあって良かったと思わざるを得ない。

どこまでも続いて欲しいと思った時間。
しかしいつかは終わりが来る。
曲が終わる、終わってしまう。
最後の一音。
叫ぶ日食なつこ、鳴りやまぬ拍手。
舞台袖に居た皆さまとハイタッチをしながら去っていく背中。
月並みな表現になるが、この光景は一生忘れられないと思う。

ゆっくりとステージを降りていると、聞き慣れた声が耳に届く。
『以上を持ちまして、全ての演目が終了となります。なお、現在物販でレターセットを販売しております。お帰りの際、今回の感想などあれば――』
なるほど、商売上手……いや、素晴らしいシステムである。
そういえば今回グッズ紹介のくだりがなかったような。毎回楽しみだったんですが。
帰り支度を進めていると、前方で声が上がった。

スクリーンに映し出された、『続・欄干わたり開催決定!』の文字。
最後まで手抜かりない演出…!
「これは拡散しなきゃ!」なんて声も聞こえた。
もしかしてフォロワーさんだろうか。
少し別の恐さ(身バレ)も覚えながら、階段を降りていく。

ポストの前に、近付けないぐらいの列ができていた。感想はまたの機会にした方が良さそうだ。意気揚々と階段を降りる。
またの機会。意外とすぐにある。
ぜってえ欄干行ってやるんだからな!

また生きる意味を貰って、心の中で高く拳を突き上げた。

……その後、今年の欄干は中止らしい、と聞いて悔しくなったのは、また別の話。